category: 日本遺産 | 四国八十八ヶ所・土佐路  1/3

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へんろ標柱 - 五台山・牧野植物園南園のお馬道傍にある標柱

[ 高知県高知市五台山・牧野植物園内 ]写真のへんろ標柱のある場所は、第31番札所・五台山竹林寺の東側にある牧野植物園南園のお馬道近くにあるがです。国分寺左手一本指(左・国分寺方向を指す)大島 長屋 婦人会世話人 山崎如何やら、この大島とは、山口県周防大島の事で、そこの長屋地区の婦人会の方々が建てた標柱じゃないかと思われます。時代的にゃ、新しい感じがします。それと場所的に見て、竹林寺を指し示すのであれ...

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へんろ標柱 - 廃仏毀釈以前の遍路道・国分川の渡し場近く

[ 高知県高知市大津 ]一宮・土佐神社傍の第30番札所善楽寺から、土佐神社の参道を南に下った国分川の対岸の田部島地区の細い辻路の一角に、赤いペンキでなぞられたの自然石の標石と、写真じゃとその右側になるけんど、もう一つ建っちょります。赤いペンキでなぞられたの自然石の標識の方は、下記のように記されちょります。従是五臺山三十丁 右遍路道文政三年辰正月吉日文政三年は1820年。時代的に判り易く書くと、坂本龍馬が生...

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伊尾木浪切不動尊 - 御神木の「梛の木は残した」

[ 高知県安芸市下山 ]安芸市の伊尾木を通る国道55号線・土佐東街道のバス停・伊尾木不動の近くに、この伊尾木浪切不動尊があるがです。以前御紹介した、室戸市にある「昭和九年海嘯襲来地點の碑」もそうじゃったけんど、昭和9年(1934)の室戸台風の被害を受け、御神木の梛(なぎ)の木の一本が倒れ、残ったのはこの梛(なぎ)の木じゃそうです。昭和九年海嘯襲来地點の碑 - 海から「海嘯」と言う恐怖が襲って来た 2014.09.24 と...

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へんろ石 - 第30番札所・善楽寺境内にある遍路石

[ 高知県高知市一宮しなね2丁目 ]高知市一宮の土佐神社の東隣にある、第30番札所・善楽寺さんの境内にある遍路石ながです。右 城下通 五代山○  百丁邊路道左 五代山江 五拾丁 その下の方に、よく見えませんが、舩渡や宿有等の文字が見える・・・・・文化9(1812)に建てられた遍路石です。多分、道路拡張工事か何かで、此処に移設されたがじゃないかと思われます。因みに余談じゃけんど、文化9年(1812年)に土佐じゃ何があ...

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へんろ石 - 第31番五台山南麓参道登り口の中務茂兵衛 「百度目」の遍路石

[ 高知県高知市吸江 ]場所は五台山の南麓の大島岬にある護国神社の山側、吸江から南吸江へ抜ける峠道の途中から竹林寺に上る旧参道登り口に、この中務茂兵衛義教さんの「へんろ石」が建っちょります。写真は「へんろ石」の正面じゃけんど、地元の人が好意に架けたと思われる「五台山登り口」と書かれた看板が掛けられちょります。「四国遍路」を世界遺産に推進するのであれば、これは取り除かんと遺憾のではないかと思いますが・...

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へんろ石 - 第31番札所五台山竹林寺の裏門入口・石灯篭の脇

[ 高知県高知市五台山 ]四国霊場第31番札所五台山竹林寺の裏門入口左にある石灯篭の脇に、このへんろ石があります。左手一本指で、入口を指しちょります。京都の人が建てたようです。 右が裏門入口で、正面の石段を上るとTV塔や展望台があります。...

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へんろ石 - 中務茂兵衛 「壱百五十二度目」の遍路石

[ 高知県南国市岡豊町八幡 ]岡豊町八幡の岡豊郵便局近くで、県道384号土佐(北)街道と県道252号線が合流しちょりますが、その三叉路の傍に遍路石が建っちょります。(正面)壱百五十二度目為供養建之 周防国大島郡椋野村来願主 中務茂兵衛義教(左面)明治29年11月吉辰正面には左手一本指で右(東方向)を指し、その方向は実際の国分寺のある方向。右面にゃ右手一本指で左方向(南向き)で、次の札所の三十番安楽寺と刻まれち...

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へんろ石 - 国分寺境内にある330年程前の自然石のへんろ石

[ 高知県南国市国分・国分寺 ]この変わった形の自然石のへんろ石は、四国霊場第29番札所・国分寺の本堂の左に大師堂がありますが、その左の木立の下の石仏や墓碑の並びにあります。これよりみき へんろみち 元禄二年三月二十日元禄二年(1689)と刻まれちょりますき、今から330年程前の、こじゃんと古い時代のへんろ石ながです。また「これよりみき(右) へんろみち」とありますき、以前は何処ぞ他の場所に在ったものを、此処に...

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へんろ石 - 大日寺から国分寺への戸板島橋を渡った道端に

[ 高知県香美市土佐山田町戸板島  ]物部川の戸板島橋を西に渡り、左に下る農道に入ると、カーブの所にあるガードレールとガードレール間に、この標石が置かれちょります。「左手のひら」で右方向を指し、「国分寺 二十九番」とある。...

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へんろ石 - 大日寺参道の徳衛門標石、また近くにも2基あり

[ 高知県香南市野市町母代寺・大日寺参道  ]香南市野市町にある四国八十八箇所霊場第28番札所・大日寺への参道の石段の途中に、石段に埋もれるように遍路石が建っちょりますが、これが大日寺の徳右衛門道標ながです。「本願主 豫州越智郡德右衛門」と読めます。 「邊路道 古礼より国分寺へ 壹り者ん」江戸時代後期に、武田徳右衛門さんによって四国遍路の道筋に建てられた、約250基の1つじゃそうです。MapFan地図へ もう一つ...

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へんろ石 - 県道232号山北野市線沿い、本村公民館傍の地蔵遍路石

[ 高知県香南市野市町本村  ]香南市野市町本村の本村公民館傍の木の根元に、地蔵遍路石が建っちょります。地蔵遍路石の前を東西に走る県道232号山北野市線を東に行けば「山北」、西に行けば野市町新宮を経て「野市市内」に至るがでして、地蔵遍路石は右手一本指で西を指しちょります。此処から、四国霊場第28番札所・大日寺の参道登り口までは、約4.7Kmの距離ながです。...

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へんろ石 - 遍路石と大日寺への古道

[ 高知県香南市赤岡  ]前回の記事のへんろ石から、「塩の道」を更に400m程北上した所にある、もうひとつのへんろ石ながです。へんど石と大日寺への古道四国八十八ヶ所の二十八番大日寺への道標石がこの辻に立っていたことから小字になった。道標石(遍路石)には次の刻印がある。従是大日寺 四十丁 寛政八年橋本重吉建之この辻を左に曲がれば大日寺へ。真っすぐ行けば山北に至る。俗に山北を結ぶ塩の往還道でもある。【 参考...

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へんろ石 - 一本松と大日寺への遍路石

[ 高知県香南市赤岡  ]一本松と遍路の腰掛石 昔、宿場町入り口に遠くから望めるように松が聳(そびえて)ていて、それが地名になった。松は「待つ」につながり、宿場のある意味を待つという。戦後は大きい松だったが、松喰い虫の被害にあい、これは数代目の松である。また、この松から道を挟んで大日寺への道標があり、隣に腰掛石が置いてある。【 参考・引用 】  説明板より 遍路石にゃ、大日寺へ四十丁(約4.4km)とある。 ...

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一言地蔵とミニ八十八ヶ所 - 四国霊場第34番札所・種間寺

[ 高知県高知市春野町秋山・種間寺  ]このお地蔵さんは四国八十八箇所霊場第三十四番札所・種間寺の参道右側にある公衆電話ボックスの隣(南側)に御祀りされちょります。かなり大きなお地蔵さんで、オンちゃんも知らんかったけんど「一言地蔵さん」じゃそうですよ。このお地蔵さんは、台石を含めて高さが1.5m程で、横幅が80cm程あるそうです。江戸時代に造られたようで、「一言地蔵さん」じゃき「たったひとことだけをお願いすれ...

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へんろ石 - 33 第29番札所・土佐国分寺仁王門裏手の徳右衛門標石

 [ 高知県南国市国分・国分寺境内  ]南国市国分の四国霊場第29番札所・土佐国分寺の仁王門を潜ったすぐ裏手左側に、写真のへんろ石が建っちょります。写真の石碑右側が正面で、梵字の下に「右 一ノ宮へ 壹里半」と刻まれちょります。「一ノ宮」とは、高知市一宮にある土佐之國一宮・土佐神社の事です。、「左指差し手形 三十バン 願主 豫刕越智郡朝倉 上村 徳右衛門」とある。「三十バン」は土佐神社のすぐ東にある四国霊場...

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へんろ石 - 南国市西山付近

 [ 高知県南国市西山付近  ]南国市西山と香美市土佐山田町中野の境目近くに建ちょりますへんろ石ながです。右手一本指で、第29番札所 ・国分寺を指しちょります。周防国大嶋郡○○庄○○喜八郎周防国大嶋郡と言えば、中務茂平衛さんしか知らんけんど、偶々同郷の人のようですが、調べてみたけんど判りませんでした。右側面に「明治二十年二月」とある。MapFan地図へ...

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へんろ石 - 南国市金地付近

 [ 高知県南国市金地付近  ]場所は南国市金地付近の、第28番札所・大日寺から第29番札所 ・国分寺への道筋に建つへんろ石です。どれも長年の風化によって、文字が難読になっちょります。これには「為父母六親」と刻まれちょります。六親(リクシン)とは - コトバンク最も身近な六種の親族。父・母・兄・弟・妻・子。また、父・子・兄・弟・夫・婦などや、広く親族全体をさしても用いる。【 参考・引用 】  六親(リクシン)と...

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へんろ石 - 30 建主は五島列島福江島の川のや政吉さん

 [ 高知県安芸郡田野町  ]奈半利川を渡り、土佐東街道(国道55号線)を左折して田野町の旧道に入って行くと、300m程行った四ツ辻の電柱脇に、写真のへんろ石が建っちょります。「肥前五嶋福江川のや政吉」までは読めたけんど、其の後が読めん・・・・。そんでネットをチェックしよったらありましたので、参考引用させていただきます。ひっそりと手ざし石第二十六番札所金剛頂寺から第二十七番札所神峰寺までは約30キロ。安田...

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へんろ石 - 29 中務茂兵衛 「壱二十五度目」の遍路石

 [ 高知県安芸郡安田町唐浜  ]国道55号線土佐東海道の一本北側、二十七番札所・神峯寺への入口「東谷」に入る旧道交差点に建っちょり、苔と汚れでチックと見ずらいけんど、中務茂兵衛さんのへんろ石で、綺麗な達筆の文字が彫られちょります。 第27番札所・神峯寺への上り「へんろ道」 2015-08-11正面 : 神峰道 古れより三十五丁阿ま里 右面 : 施主 大坂府杦屋町瓦町左面 : 左 高知        壱二十五度目為...

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へんろ石 - 28 中務茂兵衛 「貮百七十一度目」の添句標石

 [ 高知県室戸市元甲  ]以前御紹介しちょりますが、行当岬にある新村不動の入口に、このへんろ石は建っちょります。二百七十一度目為供養 周防国大島郡椋野村(現・山口県久賀町椋野)願主 中務茂兵衛義教新村不動 - 室戸岬の御厨人窟と同様に空海が修行した場所 2015-06-29 これは句が刻まれた「添句標石」と呼ばれちゅうへんろ石ながでして、中務茂兵衛さん名のへんろ石じゃ、現在37基確認されちょるそうですが、その内の...

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神峯寺 - 四国霊場第二十七番札所

[ 高知県安芸郡安田町唐浜 ]以前、御紹介の第27番札所・神峯寺への上り「へんろ道」の続きじゃけんど、駐車場からさらに急な九十九折れの坂道を上ると山門に到着。 第27番札所・神峯寺への上り「へんろ道」 2015-08-11 参考に、駐車場傍にあった地図を一部加工しちょります。山門からは本坊に続く道は、平坦になっちょり、途中の左側にあるトイレの傍にゃ、写真の烏枢沙摩明王(うすさまみょうおう)が建っちょります。 烏枢...

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安田町化石体験場 - 神峯寺の弘法大師伝説「不食貝(くわずがい)」

[ 高知県安芸郡安田町唐浜 ]前回記事の第27番札所・神峯寺への下り「へんろ道」は、急坂を下山し、上り遍路路がを広域農道に合流する地点で、広域農道に進路を取る。 其処からは、緩やかな下りが続いちょります。 途中に、安田町化石体験(採集)場と言う説明板があり、砂地の斜面に沢山の貝殻の破片などが露出しちょります。約300万年前の海底じゃった地層が隆起したもので、周辺至る所にこうした化石を含む唐浜層群が露...

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第27番札所・神峯寺への上り「へんろ道」

[ 高知県安芸郡安田町唐浜 ]第27番札所・神峯寺への上り「へんろ道」を、以前御紹介しちゅう麓にある神峯神社の鳥居傍から、スタートします。へんろ石 - 26 第27番札所・神峯寺への上り口の神峯神社の鳥居傍 2015-02-23 Mon此処から、山門までは高低差約400m、約3.3Km程の道程を上るがです。 歩き始めて約300m程の場所から、第27番札所・神峯寺のある標高約570mの山が見えちょります。山門までは直線距離で約2.3Km。 其処から...

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新村不動 - 室戸岬の御厨人窟と同様に空海が修行した場所

 [ 高知県室戸市元甲  ]室戸ジオパーク - 行当~黒耳海岸のある行当岬の新村遊歩道の近くに新村不動はあるがです。写真は、新村遊歩道側から見た新村不動ながです。室戸ジオパーク - 新村遊歩道 2014-11-04 国道に面した入口側に、写真のような大きな看板が設置されちょります。 ここも、室戸岬の御厨人窟と同様に、空海が修行した場所ながです。御厨人窟 - 若き日の修業の地で「空海」誕生の地 2014-10-20 けんど、あんまり...

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金剛頂寺 - 四国霊場第二十六番札所

[  高知県室戸市元  ]厄坂の石段を上って行くと、途中に山門があるがです。 山門にゃ、大きな藁草履が奉納されちょり、仁王像はすっかり影に隠れちょります。 金剛頂寺は、正式にゃ龍頭山 光明院 金剛頂寺と言い、別称・西寺とも言うがです。寺伝によれば、嵯峨天皇の勅願により大同2年(807)に空海(弘法大師)が薬師如来を刻んで創建したという。『南路志』(江戸時代の土佐の地誌)所収の寺記によれば、大同元年、唐から帰...

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弘法大師霊跡 - 弘法大師修業の地の一つ

[  高知県安芸郡奈半利町加領  ]室戸の方から歩いて来て長かった室戸路から別れを告げて奈半利町に入ると、最初に通過するのが加領の港じゃけんど、暫く行った所の海岸側に「弘法大師霊跡」と言う石碑が建っちょります。 その石碑の道路の下にあるのが「弘法大師霊跡」じゃそうです。詳しい事は判らんけんど、此処も弘法大師が修行した地とされる場所で、大師堂の中の洞で修業をされたとか・・・・・。MapFan地図へ...

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へんろ石 - 27 第24番札所・最御崎寺の徳右衛門標石

[ 高知県室戸市室戸岬町 ]第26番札所・金剛頂寺の境内にある武田徳右衛門の標石ながです。是ヨリ 津寺迠(まで) 一里 施主 浮津浦 大津屋幸右衛門 阿波屋兵衛 松屋嘉兵衛願主 豫列越智郡 徳右衛門第27番札所・津寺までの距離が、1里(約4Km)と記されちょります。設置されたのは寛政6年(1794)から文化4年(1807)頃にかけて約250程建立されたという徳右衛門標石の1つながです。現存するのは、約120程だとか・・・・・。...

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へんろ石 - 26 第27番札所・神峯寺への上り口の神峯神社の鳥居傍

[ 高知県安芸郡安田町唐浜 ]第27番札所・神峯寺への上り口に、神峯神社の鳥居があるがですが、その傍に2つの遍路石はあるがです。 また、鳥居傍の川渕にも、一基の遍路石が建っちょります。第27番札所・神峯寺へは、是より約4kmの上りが続き、途中からは「真っ縦(まったて)」と呼ばれる急勾配も待っちょります。MapFan地図へ...

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へんろ石 - 25 第26番札所・金剛頂寺石段上の徳右衛門標石

[ 高知県室戸市元乙 ]第26番札所・金剛頂寺の石段を上り詰めた左側に、この徳右衛門標石は建っちょります。「是ヨリ神峰迄六里」と、 此処から第27番札所・神峯寺までの距離を刻んじょります。また、施主は「浮津浦 扇子屋太三兵衛」とある。因みに、浮津浦とは現・室戸市の室津川を境に、西側の地区になるがです。MapFan地図へ...

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女人用標石 - 第26番札所・金剛頂寺

[ 高知県室戸市元乙・金剛頂寺 ]第26番札所・金剛頂寺の上り石段下右側に、木々に隠れるように、ひっそりと佇む石碑が一基ある。文字を読んで見ると、下記のように刻まれちょりました。筑前国宗像郡施主 中村宗三郎おん奈みちひだり村光岡村手形の指は、左下を指しちょります。以前「岩戸の立岩」で御紹介したように、西寺と呼ばれる第26番札所・金剛頂寺は女人禁制じゃったがでして、この標石も同様に、「女性は石段を上らずに...

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津照寺 - 四国霊場第二十五番札所

[ 高知県室戸市室津 ]室津港のすぐ北側に標高が約15-16m程の小山があるけんど、そこが第25番札所・津照寺ながです。寺伝によると、大同2年(807)弘法大師空海が、山の形が地蔵菩薩の持つ宝珠に似いちゅうところから霊地とし、延命地蔵菩薩を自ら刻まれ本尊とし、宝珠山真言院津照寺と号されちょります。  山門をくぐると、右側に大師堂と納経所がある。 本堂に続く石段の途中にあるがが、両側に仁王像を配し、上層が鐘楼堂にな...

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岩戸の立岩 - 女人結界の道しるべ

[  高知県室戸市元甲付近  ]風化して、表面は読みづらいですけんど、下記のように刻まれちょるようです。貞享二乙丑右寺道従是西寺八町女人結界二月吉日立之左なだ道貞享2年(1685)乙丑の年に建てられた、「これより西寺領八町内へは女性は入っちゃいかん」と言う、女人禁制の道しるべながです。西寺とは第26番札所・金剛頂寺の事ながです。明治初年までは東寺の第24番札所・最御崎寺と西寺の第26番札所・金剛頂寺の2寺は、女人...

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灌頂ヶ浜 - 弘法大師伝説

[  高知県室戸市室戸岬町  ]室戸岬のジオパーク内に、弘法大師伝説の「灌頂ヶ浜」と言う場所があるがです。灌頂ヶ浜(かんじょうがはま)弘法大師が灌頂の会式をした浜で、今なおその清さをたたえている【 参考・引用 】  説明板より灌頂(かんじょう)とは、主に密教で行う、頭頂に水を灌いで緒仏や曼荼羅と縁を結び、正しくは種々の戒律や資格を授けて正統な継承者とするための儀式のことを言うがじゃそうです。元々は天...

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御厨人窟 - 若き日の修業の地で「空海」誕生の地

[ 高知県室戸市室戸岬町・室戸岬 ]御厨人窟 (みくろど) は、室戸岬にある弘法大師伝説の残る海蝕洞ながです。 弘法大師、24歳の時の撰述『三教指帰』より。「阿国太龍嶽にのぼりよじ土州室戸崎に勤念す 谷響きを惜しまず 明星来影す 心に感ずるときは明星口に入り 虚空蔵光明照らし来たりて 菩薩の威を顕し 仏法の無二を現す・・・・・」 延暦11年(792)、弘法大師が19歳の頃、この洞窟に籠って修業をし、阿国・大滝嶽で...

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へんろ石 - 24 第26番札所・金剛頂寺麓、元橋傍の伊藤萬蔵道標

[ 高知県室戸市元甲 ]室戸市元甲の元橋を渡った旧道から、第26番札所・金剛頂寺への分岐点に、この伊藤萬蔵道標が建っちょります。表にゃ、一部読めんけんど「嵯峨天皇淳和天皇勅願○ 第26番霊場西寺」と刻まれちょります。嵯峨天皇(在位809-823)が「金剛頂寺」とした勅額を奉納し、次代の淳和天皇(在位823-833)も勅願所として尊信し、第十世の住職まで勅命で選任されちょります。西寺とは室戸三山の一寺院でもある、第26番...

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へんろ石 - 23 第25番札所・津照寺門前の徳右衛門標石

[ 高知県室戸市室津町 ]室戸市の四国霊場第25番札所・津照寺の参道入り口の寺名石の左横に、「徳右衛門標石」がある。正面上部にゃ、「徳右衛門標石」の特徴である梵字と大師像が刻まれ、その下に「是ヨリ西寺迠(まで)一里」とある。因みに西寺とは第26番札所・金剛頂寺の事で、第24番札所・最御崎寺を東寺と言う。京都の東寺じゃないぜよ・・・・・(^^ゞ 左側面にゃ「願主 越智郡 徳右衛門」とある。 右側面は「室津浦富士...

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へんろ石 - 22 室戸・津呂港岬屯所前バス停傍

[ 高知県室戸市室戸岬町 ]右手一本指で、右方向第26番札所・津照寺を指しちょります。津照寺までは、此処から西に直線距離で約3Km。MapFan地図へ...

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最御崎寺 - 四国霊場第二十四番札所

[ 高知県室戸市室戸岬町 ]室戸岬から標高約160mじゃけんど、ちょっと急勾配の山肌を上って来ると「室戸山」の扁額のかかった仁王門にたどり着く。第24番札所・最御崎寺への上り「へんろ道」  2014-06-02此処が、四国八十八箇所霊場第二十四番札所で、土佐で最初の札所になっちょります真言宗豊山派の寺院で「室戸山 明星院 最御崎寺」ながです。「最御崎寺」の読みは「ほつみさきじ」と言い、「火つ岬」(火の岬)との意味じゃ...

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