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<title>南国土佐へ来てみいや</title>
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<description>高知の観光情報と、しょうえい所を再発見し、写真で発信しちゅう、「Discover Kochi」ですき。</description>
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<title>坂本龍馬生家跡 </title>
<description> [　高知県高知市上町１丁目 　]坂本龍馬を世に出した最大の功労者は、作家・司馬遼太郎さんでしょうなー。司馬遼太郎の「竜馬がゆく」で、今日の龍馬像が創られたと言っても過言でないですき。子供の頃に観た、１９６８年のＮＨＫ大河「竜馬がゆく」が最初じゃったがでして、主演は北大路欣也さんじゃったがです。今、「砂糖ゼロ」のキャッチフレーズで、某缶コーヒーのＣＭに出ちょりますねー。けんど、ＴＶで観たなー程度の記憶
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<![CDATA[ <img src="http://blog-imgs-37-origin.fc2.com/n/a/n/nangokutosa/091124-1.jpg" alt="091124-1.jpg" border="0" width="500" height="333" /><br /><br /><img src="http://blog-imgs-37-origin.fc2.com/n/a/n/nangokutosa/091124-2.jpg" alt="091124-2.jpg" border="0" width="500" height="333" /><br /><br />[　高知県高知市上町１丁目 　]<br /><hr size="1" /><br />坂本龍馬を世に出した最大の功労者は、作家・司馬遼太郎さんでしょうなー。<br /><br />司馬遼太郎の「竜馬がゆく」で、今日の龍馬像が創られたと言っても過言でないですき。<br /><br />子供の頃に観た、１９６８年のＮＨＫ大河「竜馬がゆく」が最初じゃったがでして、主演は北大路欣也さんじゃったがです。<br /><br />今、「砂糖ゼロ」のキャッチフレーズで、某缶コーヒーのＣＭに出ちょりますねー。<br /><br />けんど、ＴＶで観たなー程度の記憶しか残っちゃーせんがです。<br /><br />オンチャンが「竜馬はゆく」を読んでみようと思うたがは、テレビ東京が１９８２年1月2日に新春・超ワイドドラマとして今は亡き・萬屋錦之介出演で放送した「竜馬がゆく」を観たがが切欠じゃったがです。<br /><br />そんで手にしたがが、１９８１年１２月１０日・第１４刷の「竜馬はゆく」の文庫本で、此処から、坂本龍馬に興味を持ち始めたがです。<br /><br />オンチャンも犠牲者かも知れんけんど、フィクションじゃと判っちょっても 「竜馬はゆく」に描かれた龍馬像に惚れ込んで、未だに新たな龍馬ファンを生み出しゆう罪作りな小説ながじゃき、来年は「龍馬伝」も放送されるき、新たな”龍馬ウイルス”の感染者が大発生するがじゃろうねー。<br /><br />ご愁傷様で・・・・!(^^)!<br /><br />今では、表紙カバーも擦り切れて、中は茶色く変色しちゅうけんど、愛読書になっちょります。<br /><br />もう何度読み返したやろーか・・・・。<br /><br />読み返す都度、自分の人生に「竜馬がゆく」は少なからず影響を受けちょると思うちょります。<br /><br />大そうな・・・・・(^^ゞ<br /><hr size="1" /><br />写真は、電車通りに面した上町病院と書かれた建物が、坂本家の表門側になっちょったがで、坂本龍馬先生生誕地碑は、上町病院に向かって右角に建っちょります。<br /><br />下の写真、水路側に面した上町病院とホテル南水が裏門側になるがです。<br /><br />ホテル南水は坂本邸跡に建っちゅうホテルとして有名で、龍馬ファンに親しまれちゅうがです。<br /><hr size="1" /><br />龍馬は最後の帰国の際、この生家の表玄関に、脱藩して以来５年ぶりに帰って来るがです。<br /><br />司馬遼太郎の「竜馬がゆく」”浦戸”の一説に、龍馬が最後の帰国の際、土佐藩庁より実家に立ち寄る事を許され、屋敷の前に立つ行（くだり）があるがですが、何度読んでも此処で、ぐっぐっぐーっとくるがです。<br /><br />表門は開かれちょって懐かしく思いながら屋敷に入ると、物陰から乙女姉さんが飛び出してきて、驚かすと、龍馬は嬉しそうに笑い、子供の頃のままじゃ思った・・・・・と言う風に書かれちょります。<br /><br />僅か２日間の滞在じゃったがですが、懐かしい人々と過ごしたひと時は、龍馬にとっては最良の思い出になったがじゃろうねー。<br /><br />再び土佐を離れた、このわずか約１ヵ月半後、京都・近江屋にて中岡慎太郎と共に何者かに暗殺され、龍は天に昇ったがです。<br /><hr size="1" /><br />[　アクセス　]<br /><br />・土電「上町一丁目」電停下車、徒歩すぐ<br /><br /><a href="http://base.alpslab.jp/?s=10000;p=33/33/12.933,133/31/43.12" target="_blank"><img src="http://clip.alpslab.jp/bin/map?pos=33/33/12.933,133/31/43.12&scale=10000"></a><br /><hr size="1" /><br />押してもうたら、<u>南国土佐へ来てみいや</u>の更新の励みになるし、こじゃんと嬉しいがやき。<br />じゃき、まっことすまんけんど、チックと押してくれんかよ。<br />頼むぜよ。　　<br />↓<br /><a href="http://blogranking.fc2.com/in.php?id=268693" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-19-origin.fc2.com/n/a/n/nangokutosa/c_01.gif" style="border:0px;"></a>　<a href="http://local.blogmura.com/kochi/" target="_blank"><img src="http://local.blogmura.com/kochi/img/kochi88_31.gif" style="border:0px;"></a>　<A HREF="http://blog.with2.net/link.php?733215" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-24-origin.fc2.com/n/a/n/nangokutosa/banner_21.gif" style="border:0px;"></a> ]]>
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<dc:subject>[幕末土佐] 龍馬所縁の地</dc:subject>
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<dc:creator>オンチャン</dc:creator>
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<title>徳弘董斎邸跡 - 龍馬の高嶋流砲術の師匠</title>
<description> [　高知県高知市中須賀町 　]碑の説明文にもあるように、土佐に高嶋秋帆の高嶋流砲術を伝えた、オランダ式砲術家じゃったがでして、現在跡地は「中須賀公園」になっちょります。門下生には、坂本龍馬や兄・坂本権平、それに岡田以蔵の名も連ねちょったがです。また、画家としても有名じゃったそうで、武市瑞山も教えを受けちょります。[　アクセス　]・土電にて「旭町１丁目」電停下車、約１５０m・永福寺から、約２００m押しても
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<![CDATA[ <img src="http://blog-imgs-37-origin.fc2.com/n/a/n/nangokutosa/091123-1.jpg" alt="091123-1.jpg" border="0" width="500" height="375" /><br /><br /><img src="http://blog-imgs-37-origin.fc2.com/n/a/n/nangokutosa/091123-2.jpg" alt="091123-2.jpg" border="0" width="500" height="375" /><br /><br /><img src="http://blog-imgs-37-origin.fc2.com/n/a/n/nangokutosa/091123-3.jpg" alt="091123-3.jpg" border="0" width="500" height="375" /><br /><br />[　高知県高知市中須賀町 　]<br /><hr size="1" /><br />碑の説明文にもあるように、土佐に高嶋秋帆の高嶋流砲術を伝えた、オランダ式砲術家じゃったがでして、現在跡地は「中須賀公園」になっちょります。<br /><br />門下生には、坂本龍馬や兄・坂本権平、それに岡田以蔵の名も連ねちょったがです。<br /><br />また、画家としても有名じゃったそうで、武市瑞山も教えを受けちょります。<br /><hr size="1" /><br />[　アクセス　]<br /><br />・土電にて「旭町１丁目」電停下車、約１５０m<br /><br />・永福寺から、約２００m<br /><br /><a href="http://base.alpslab.jp/?s=25000;p=33/33/16.376,133/30/58.572" target="_blank"><img src="http://clip.alpslab.jp/bin/map?pos=33/33/16.376,133/30/58.572&scale=25000"></a><br /><hr size="1" /><br />押してもうたら、<u>南国土佐へ来てみいや</u>の更新の励みになるし、こじゃんと嬉しいがやき。<br />じゃき、まっことすまんけんど、チックと押してくれんかよ。<br />頼むぜよ。　　<br />↓<br /><a href="http://blogranking.fc2.com/in.php?id=268693" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-19-origin.fc2.com/n/a/n/nangokutosa/c_01.gif" style="border:0px;"></a>　<a href="http://local.blogmura.com/kochi/" target="_blank"><img src="http://local.blogmura.com/kochi/img/kochi88_31.gif" style="border:0px;"></a>　<A HREF="http://blog.with2.net/link.php?733215" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-24-origin.fc2.com/n/a/n/nangokutosa/banner_21.gif" style="border:0px;"></a> ]]>
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<dc:subject>[幕末土佐] 龍馬を取巻く人々</dc:subject>
<dc:date>2009-11-23T19:15:41+09:00</dc:date>
<dc:creator>オンチャン</dc:creator>
<dc:publisher>FC2-BLOG</dc:publisher>
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<title>中城家 - 最後の帰国時に潜伏した家 </title>
<description> [　高知県高知市種崎 　]１８６７年９月に、坂本龍馬が芸州藩の震天丸に乗ってりライフル銃1,000挺を積んで、最後の帰郷を果たした時、上陸した種崎で潜伏しちょったががこの中城家じゃそうです。2009年11月18日「川島家 - 龍馬の継母・伊与さんの元の嫁ぎ先」でも書いたように、龍馬の継母・伊与さんの実家がこの中城家の直ぐ傍じゃったき、子供の頃、川島家に遊びに来ちょった頃から中城家とはよう行き来しよったがでしょう。此
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<![CDATA[ <img src="http://blog-imgs-37-origin.fc2.com/n/a/n/nangokutosa/091122-1.jpg" alt="091122-1.jpg" border="0" width="500" height="333" /><br /><br /><img src="http://blog-imgs-37-origin.fc2.com/n/a/n/nangokutosa/091122-2.jpg" alt="091122-2.jpg" border="0" width="500" height="375" /><br /><br /><img src="http://blog-imgs-37-origin.fc2.com/n/a/n/nangokutosa/091122-3.jpg" alt="091122-3.jpg" border="0" width="500" height="333" /><br /><br />[　高知県高知市種崎 　]<br /><hr size="1" /><br />１８６７年９月に、坂本龍馬が芸州藩の震天丸に乗ってりライフル銃1,000挺を積んで、最後の帰郷を果たした時、上陸した種崎で潜伏しちょったががこの中城家じゃそうです。<br /><br />2009年11月18日「川島家 - 龍馬の継母・伊与さんの元の嫁ぎ先」でも書いたように、龍馬の継母・伊与さんの実家がこの中城家の直ぐ傍じゃったき、子供の頃、川島家に遊びに来ちょった頃から中城家とはよう行き来しよったがでしょう。<br /><br />此処には、龍馬に関する逸話が数々残っちょりますけんど、川島家同様一般の民家ですき、見学は出来んがです。<br /><hr size="1" /><br />この間まで調べる事が出来た<a href="http://www.smartosa.org/web/index.asp" target="_blank" title="スマートモビリティ高知">スマートモビリティ高知</a>での種崎線の時刻表等のチェックが出来んようになっちょります。<br /><br />システムの問題なのか、需要の低い路線の検索を外したのかは、よう判らんがですが、土電のＨＰには、路線の時刻表が載っちょりますき、なんとか調べることは出来るけんど、不便になった事は事実じゃき。<br /><br />バスに限らず電車もそうじゃけんど、中心部以外の公共交通機関の運行状況は、年々高齢者や子供達に不便になってきちょりますねー。<br /><br />それに利用客の低下を危惧して、この間は土電の従業員が電車の利用をお願いするため、戸別訪問をしたと言うニュースもながれちょった。<br /><br />本格的に高速料金無料化などでますますマイカー需要が伸びれば、そんなに遠く無い先には、ほとんどの地域で公共交通機関の存続が不可能になり、廃線への拍車がかかり、高知だけじゃのうて地方都市の交通網はズタズタになるがじゃないかと心配しちょります。<br /><br />決してオーバーには書いちゃーせんと思うがです。<br /><br />高速料金無料化でＪＲ四国の需要も低下しちゅうし、飛行機やフェリーや高速バス等への影響も出始めちゅう。<br /><br />下手したら、将来ＪＲは新幹線や主要路線以外から撤退の可能性も無いとは言えん。<br /><br />車を運転出来ない高齢者や子供達は、自由に行き来出来んようになりかねない訳で、今は運転できるから心配ないじゃのうて、自分達が高齢者になって眼や耳や運動能力が低下した時、移動手段はないぜよ。<br /><br />これを読んでくれゆう、あんたらーの何十年か先の老後にも大いに関わって来る、死活問題に匹敵する社会問題じゃと思うがです。<br /><br />山間部からは住民が撤退することにも拍車がかかり、都市部に人口が集中すると言う事は、農林水産の自給率低下にも絶対に繋がるし、未来の子供達にも繋がる大問題じゃと思うちょります。<br /><br />道は”命の道”じゃと言う建前を掲げて新たな道を造ることばかりに躍起になっちゅうけんど、公共交通機関を守ることも、”命の足”を守る事じゃないがですろうか。<br /><br />箱物や新たな道を造る前に、既存の道路の整備をし公共交通機関を広げる事に、財源を投入すべきじゃと思うがです。<br /><br />直ぐに廃止の理由を利用者の低下に結びつけるけんど、それは逆で年々公共交通機関が不便になって来ちょるきに、必然的にマイカー利用が多くなったがでしょう。<br /><br />その最たる原因の一つは国鉄の民営化で採算の取れん路線は廃止が実施された頃から始まっちゅう。<br /><br />ＪＲがまだ国鉄じゃった頃は、列車の路線は全国の大方の地域をカバーしちょって、便利じゃった。<br /><br />ところがＪＲの高速化が進むと、在来線は廃止、主要駅以外は無人化と、地元民の生活環境を無視した行革が行われ不便に為ったがために、当然利用客低下に繋がって来た事が最たる原因じゃと思うけんどねー。<br /><br />早いうちに、公共交通機関の発展のための見直しをせんと、主要市町村近隣以外は、ますます不便になって、”陸の孤島化”が進むじゃろう。<br /><br />今日も、主記事よりも、オンチャンの愚痴の方が長うなってしもうたねー。<br /><br />すまんき。<br /><hr size="1" /><br />[　アクセス　]<br />はりまや橋より、土佐電バス「種崎線（下り）・種崎行」で約２５分「種崎一区」バス停下車、種崎方面に約７０m<br /><br /><a href="http://www.tosaden.co.jp/data/fd_18bee31f3ae734/downfile1991688920.pdf" target="_blank" title="バス時刻表">バス時刻表</a>を参照してや<br /><br /><a href="http://base.alpslab.jp/?s=25000;p=33/30/22.654,133/34/19.784" target="_blank"><img src="http://clip.alpslab.jp/bin/map?pos=33/30/22.654,133/34/19.784&scale=25000"></a><br /><hr size="1" /><br />押してもうたら、<u>南国土佐へ来てみいや</u>の更新の励みになるし、こじゃんと嬉しいがやき。<br />じゃき、まっことすまんけんど、チックと押してくれんかよ。<br />頼むぜよ。　　<br />↓<br /><a href="http://blogranking.fc2.com/in.php?id=268693" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-19-origin.fc2.com/n/a/n/nangokutosa/c_01.gif" style="border:0px;"></a>　<a href="http://local.blogmura.com/kochi/" target="_blank"><img src="http://local.blogmura.com/kochi/img/kochi88_31.gif" style="border:0px;"></a>　<A HREF="http://blog.with2.net/link.php?733215" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-24-origin.fc2.com/n/a/n/nangokutosa/banner_21.gif" style="border:0px;"></a> ]]>
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<dc:subject>[幕末土佐] 坂本龍馬</dc:subject>
<dc:date>2009-11-22T19:00:00+09:00</dc:date>
<dc:creator>オンチャン</dc:creator>
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<title>伊野の大黒様・秋の大祭 - 椙本神社</title>
<description> [　高知県吾川郡いの町大国町 　]１１月２３日は「伊野の大黒様」として親しまれちゅう、椙本（すぎもと）神社の秋の大祭の日です。言わずと知れた、商売繁盛の神様で、この日は大勢の人で賑わうがです。元は，仁淀川上流の伊予の国に鎮座しちょったそうじゃけんど、ある年の大洪水で御神体が此処まで流されて来て、土佐の国・伊野に鎮座したそうで、創建１２００年を超えると言われちゅう由緒ある神社ながです。この秋の大祭にゃ
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<![CDATA[ <img src="http://blog-imgs-37-origin.fc2.com/n/a/n/nangokutosa/091121-1.jpg"><br /><br /><img src="http://blog-imgs-37-origin.fc2.com/n/a/n/nangokutosa/091121-3.jpg"><br /><br /><img src="http://blog-imgs-37-origin.fc2.com/n/a/n/nangokutosa/091121-2.jpg"><br /><br />[　高知県吾川郡いの町大国町 　]<br /><hr size="1" /><br />１１月２３日は「伊野の大黒様」として親しまれちゅう、椙本（すぎもと）神社の秋の大祭の日です。<br /><br />言わずと知れた、商売繁盛の神様で、この日は大勢の人で賑わうがです。<br /><br />元は，仁淀川上流の伊予の国に鎮座しちょったそうじゃけんど、ある年の大洪水で御神体が此処まで流されて来て、土佐の国・伊野に鎮座したそうで、創建１２００年を超えると言われちゅう由緒ある神社ながです。<br /><br />この秋の大祭にゃ、「ご神体」が大勢のお付きを従えてお神輿に乗って町内を練り歩き、近くの仁淀川河原の旅所まで「御神幸」が行われるがです。<br /> <br />到着後、神事のあと様々な名野川神楽の奉納や獅子舞等舞が奉納されるがです。<br /><hr size="1" /><br />[　アクセス　]<br /><br />・JR「いの」駅下車、徒歩約１０００m。<br /><br />・土佐電鉄で終点「いの」電停下車、徒歩約８００m。<br /><br /><a href="http://base.alpslab.jp/?s=25000;p=33/32/49.706,133/25/25.32" target="_blank"><img src="http://clip.alpslab.jp/bin/map?pos=33/32/49.706,133/25/25.32&scale=25000"></a><br /><hr size="1" /><br />押してもうたら、<u>南国土佐へ来てみいや</u>の更新の励みになるし、こじゃんと嬉しいがやき。<br />じゃき、まっことすまんけんど、チックと押してくれんかよ。<br />頼むぜよ。　　<br />↓<br /><a href="http://blogranking.fc2.com/in.php?id=268693" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-19-origin.fc2.com/n/a/n/nangokutosa/c_01.gif" style="border:0px;"></a>　<a href="http://local.blogmura.com/kochi/" target="_blank"><img src="http://local.blogmura.com/kochi/img/kochi88_31.gif" style="border:0px;"></a>　<A HREF="http://blog.with2.net/link.php?733215" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-24-origin.fc2.com/n/a/n/nangokutosa/banner_21.gif" style="border:0px;"></a> ]]>
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<dc:subject>[神社仏閣] その他</dc:subject>
<dc:date>2009-11-21T19:00:58+09:00</dc:date>
<dc:creator>オンチャン</dc:creator>
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<title>野中兼山邸跡の碑 - 本来の跡地に建てられちゃーせん理由は</title>
<description> [　高知県高知市丸ノ内１丁目 　]土佐藩２代藩主・山内忠義の時代、土佐藩の財政安定を推し進め、漁業・捕鯨などの産業や、土木事業等、多方面で才覚を発揮し藩の財政を確立した人ながです。その野中兼山邸跡の碑が、高知城追手門前の堀に渡された通路の上に建つちょります。場所が場所だけに、誰が見ても建ってる場所が不自然じゃと思うよねー？本当は下部にある地図の、藤並公園と書かれた辺りが本来の跡地じゃそうです。今は藤
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<![CDATA[ <img src="http://blog-imgs-37-origin.fc2.com/n/a/n/nangokutosa/091120-1.jpg"><br /><br />[　高知県高知市丸ノ内１丁目 　]<br /><hr size="1" /><br />土佐藩２代藩主・山内忠義の時代、土佐藩の財政安定を推し進め、漁業・捕鯨などの産業や、土木事業等、多方面で才覚を発揮し藩の財政を確立した人ながです。<br /><br />その野中兼山邸跡の碑が、高知城追手門前の堀に渡された通路の上に建つちょります。<br /><br />場所が場所だけに、誰が見ても建ってる場所が不自然じゃと思うよねー？<br /><br />本当は下部にある地図の、藤並公園と書かれた辺りが本来の跡地じゃそうです。<br /><br />今は藤並公園になっちゅうけんど、昔ここに藤並神社があったそうながです。<br /><br />文化３年（1806年）に、土佐藩１０代藩主・山内豊策が、野中兼山邸のあった場所に、初代藩主の一豊とその夫人の見性院（千代）、２代藩主・忠義を祀るために高知城内に造営したがが藤並神社ながです。<br /><br />途中の経緯は省略して、今は山内神社に合祀されちょり、その跡が藤並公園と高知県立文学館になっちゅうがです。<br /><br />この他にも、高知市寿町に建っちゅう小南五郎衛門生誕地碑も、本来は一本南側の大川筋武家屋敷資料館の前辺りじゃと言う話もあるがです。<br /><br />観光客は、碑が建ってたら鵜呑みにして信用するよねー。<br /><br />じゃー如何いて此処に建っちゅうか？<br /><hr size="1" /><br />此処からは、オンチャンの勝手な推理ながです。<br /><br />土佐には、<span style="color:#ff0000">三大怨霊</span>が眠っちょります。<br /><br />①「七人御崎」の怪異で有名な、土佐最大の怨霊とされる、長宗我部時代の「<span style="color:#0000ff">吉良親実</span>」の霊。<br /><br />②山内家に対する最大の怨霊とされる”いごっそう和尚”・「<span style="color:#0000ff">薫的和尚</span>」の霊。<br /><br />③山内家に対する怨霊とされる「<span style="color:#0000ff">野中兼山</span>」の霊。<br /><br />まあ、怨霊とされるのは、死後に関係者らに何らかの災いが降りかかった原因を、祟りとして恐れたがです。<br /><br />じゃき、山内家や一部の上士達以外の、悪いことをしちゃーせん心やさしい人らーには、何の災いも無いがですき。<br /><br />これまで「野中兼山」は、土佐の発展のために多大な功績をあげて来た人じゃと書いちゅう事は間違いじゃないけんど、何時の世も人間やりすぎたら妬まれたり疎ましがられたりするがです。<br /><br />「野中兼山」もそうした一人で、犠牲者でもあるがです。<br /><br />土佐藩２代藩主・山内忠義が隠居して３代藩主・山内忠豊になると、「兼山公」の行政に不満を持つ政敵が画策し、掌のひらを返すように弾劾を受けて失脚し、その３ヶ月後に「兼山公」は４９歳の若さで亡くなっちょります。<br /><br />けんど、山内家のした仕打ちはそれだけじゃのうて、「兼山公」の死後追い討ちをかけるように、他の一族全員をも高知県の西部・宿毛の地に幽閉するがです。<br /><br />その時、娘の「婉」はわずか３歳じゃったがです。<br /><br />その幽閉期間がなんと４０年間という長い・・・・・・。<br /><br />理由は、「野中家」一族を滅ぼすため、男系が絶えるま続いたと言う、陰湿極まりない行為を行ったがです。<br /><br />詳しいことは、”野中兼山”で調べたら、いっぱいあるき・・・・。<br /><br />それに、小説やけんど大原富江の「婉という女」を読んだら、凄まじい内容が描かれちょりますき。<br /><br />そんで跡地は没収されて、前書きでも書いたように初代藩主の一豊とその夫人の見性院（千代）、２代藩主・忠義を祀るための藤並神社になったがです。<br /><br />そう言う経緯があって、近世になって碑を建てるに当って、本来の跡地は土佐藩主の霊を祀った神社跡になちゅうし、石碑と言えども一度失脚させた人間で山内家に仇名す怨霊の名前を刻んだ石碑を、山内家の威光の残る高知城の敷地内に置く事すら忌み嫌ったがやないがですろうか。<br /><br />そんな訳じゃき、「野中兼山邸跡の碑」は差しさわりの無い、高知城の敷地外（一応、玄関である追手門の外じゃけんど）で、実際にあった屋敷に近い場所であり、尚且つ神社跡から遠ざけて、置きたくないけんど嫌々置いちゅうと言うがが真実かもねー。<br /><br />此処からはまっこと真実じゃけんど、高知市比島町にある「清川神社」は、山内家に恨みを持つ「<span style="color:#ff0000">長宗我部元親</span>」・「<span style="color:#ff0000">薫的和尚</span>」、そして「<span style="color:#ff0000">野中兼山</span>」の霊を鎮めるために建てられた神社ながです。<br /><br />それだけ、この３人に対しては、山内家は忌み嫌い恐れ慄いたがですき。<br /><br />「七人御崎」と「薫的和尚」の話はまた何時か、書きますき。<br /><hr size="1" /><br />投稿した後でチックと思いついたけんど、前書きに「小南五郎衛門生誕地碑」の位置も違うって書いたけんど、もしかしてこれも・・・・・？。<br /><br />小南五郎衛門は上士の身分じゃったけんど、2008年12月23日「土佐藩上士にあって勤皇思想 - 小南五郎衛門生誕地」でも書いたように、武市半平太らが土佐勤王党を結成した時、勤皇思想に同調し国事奔走に協力し、佐幕派が多い上士の中では異端児的存在じゃったがです。<br /><br />じゃき、吉田東洋が暗殺されて土佐勤王党への弾圧が始まったら、失脚しちゅうがです。<br /><br />上士や土佐藩から見たら、裏切り者やきねー。<br /><br />その後の情勢は、土佐藩の上士らーにゃ幕府崩壊は望んじゃーせんかった事じゃき、自分らーの権威が無くなった事への恨みも有るかも。<br /><br />その子孫達の威光が残る土佐にあっては、近世になっても記念碑一つでさえ建てる事がままならないとしたら、、未だに続く凄い封建社会じゃき？<br /><br />もしかしたらそうした深ーい根っこがあって、高知市内の土佐勤皇党の多くの志士たちの墓石すら満足に保護されちゃーせんがやろーか？、と思うたがです。<br /><br />武市瑞山は郷士じゃけんど、「白札」と言う身分で上士に準ずる扱いじゃったき、墓は史蹟に指定されちゅうけんど、その他の多くの志士たちの墓は、粗末に扱われ藪の中に埋もれたり行方知れず。<br /><br />丹中山にある龍馬の坂本家の墓でさえ、あの有様ですきねー。<br /><br />それは下士じゃきかよ？。<br /><br />あくまでも勝手な推測じゃけんど、深読みしすぎやろーか。<br /><hr size="1" /><br />[　アクセス　]<br /><br />・土佐電鉄「高知城前」電停下車、徒歩直ぐ<br /><br /><a href="http://base.alpslab.jp/?s=10000;p=33/33/26.348,133/32/9.874" target="_blank"><img src="http://clip.alpslab.jp/bin/map?pos=33/33/26.348,133/32/9.874&scale=10000"></a><br /><hr size="1" /><br />押してもうたら、<u>南国土佐へ来てみいや</u>の更新の励みになるし、こじゃんと嬉しいがやき。<br />じゃき、まっことすまんけんど、チックと押してくれんかよ。<br />頼むぜよ。　　<br />↓<br /><a href="http://blogranking.fc2.com/in.php?id=268693" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-19-origin.fc2.com/n/a/n/nangokutosa/c_01.gif" style="border:0px;"></a>　<a href="http://local.blogmura.com/kochi/" target="_blank"><img src="http://local.blogmura.com/kochi/img/kochi88_31.gif" style="border:0px;"></a>　<A HREF="http://blog.with2.net/link.php?733215" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-24-origin.fc2.com/n/a/n/nangokutosa/banner_21.gif" style="border:0px;"></a> ]]>
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<dc:subject>[土佐の偉人] 野中兼山</dc:subject>
<dc:date>2009-11-20T19:00:52+09:00</dc:date>
<dc:creator>オンチャン</dc:creator>
<dc:publisher>FC2-BLOG</dc:publisher>
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