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南国土佐へ来てみいや

南国土佐・高知の魅力と見所を歴史や史跡等の観光地を含めて御紹介

戸波積善寺 1 - 大平権藤国興と長宗我部元親に所縁の地

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[ 高知県土佐市積善寺 ]この戸波積善寺を探したがは2016年の事ながですが、『春野町史』の中に、谷秦山の『土佐遺語』に大平氏の事を「古老伝えて云う。(中略)永禄九年丙権頭某 秦氏(幡多・一条氏の間違い)に敗るる所となり、戸波積善寺に自殺する。」 との記述があるとの一文を見て、探して見ることにしたがです。所が、色々調べてみたけんど土佐市戸波積善寺の地域は分かったがですが、肝心の「戸波積善寺」と言う寺社が何...

石谷土居 - 石谷兵部少輔の義理の妹は長宗我部元親の正室、娘は信親正室

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[ 高知県南国市岡豊町小蓮 ]周辺は宅地や畑になっちょりますが、石谷頼辰の土居があった場所辺りになるがです。父は斎藤道三・義龍(よしたつ)父子2代に仕えた斎藤利賢で、その長男に生まれ斎藤孫九郎と言い、弟は斎藤利三になるがです。因みに、斎藤利三の末娘・福は後の春日局になる。 春日局 - 幼少期難を逃れ長宗我部元親の許に身寄せたと云う伝承在り 2016-04-22 石谷頼辰の実母が再婚した相手が石谷光政(空然)で、その...

神峯神社 - 四国八十八箇所27番札所・神峯寺の奥の院

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[ 高知県安芸郡安田町唐浜 ]四国八十八箇所27番札所・神峯寺は、神峯山(標高約566m)の標高425m付近にあるがですが、大師堂脇から更に上った標高約495m付近に遷座しちょります。神峯寺 - 四国霊場第二十七番札所 2015-08-28 27番札所・神峯寺へは、歩き遍路も「真っ縦」と呼ばれる難所があるけんど、車道もつづら折の狭い急勾配の難所があるがです。其の為、大型バスの団体のお遍路さん達は、麓でマイクロバスに乗り換えての...

遍路標柱 - 中務茂兵衛 「壱百八十五度目」の添句標石

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[ 高知県高知市五台山坂本 ]高知市五台山の第31番札所・五台山竹林寺から坂本道を降り下った、下田川傍の五台山小学校の南東角に建っちょります。此処の、標柱は鉄枠で補強されちょります。【道標正面】峰寺 為中井氏先祖代々菩提【道標左面】五臺山 京都三條通東洞院西へ入 施主 中井三郎兵衛明治三十四年十二月吉辰  【道標裏面】高知 壱百八十五度目為供養 周防国大島郡椋野村住發願人 中司茂兵衛義教 【道標右面】明...

高麗神社 - 長宗我部元親の甥・香宗我部親氏を祀る

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[ 高知県香南市野市町東野 ]『野市の史跡』(昭和59年)の日吉(ひえ)神社の項に、たった一行だけの記述じゃけんど「香宗我部親氏を祀った高麗(たかよし)神社の小祠が在る。」とあり、日吉神社の境内社のようで探してみたがです。上の写真の日吉神社は、香南市野市町東野にあり、土佐くろしお鉄道の東側の富岡山に鎮座しちょります。 因みに日吉神社の御祭神は、大山咋神荒魂で、猿が神さんのお使いながですき、滋賀県大津市...

烏ヶ森城 - 土佐七守護・山田氏の支城の一つじゃったとか・・・・・

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[ 高知県香美市・香南市の市境 ]写真は、物部川西側の香美市土佐山田町から見た烏ヶ森で、標高は192mの頂上に烏ヶ森城址があり、別名・糺森(あつもり)城とも云うがです。地図上、頂上は香美市土佐山田と香南市野市の境になっちょります。築城時期は不明じゃけんど、土佐七守護・山田氏の支城の一つながです。頂上までの道のりは険しい要害の城じゃった様で、『土佐古城略史』(昭和10年)にゃ「山頗る高峻、山腹より以上樹木繁...

寺田虎彦像 - ねえ君不思議だと思いませんか

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[ 高知県高知市追手筋2丁目 ]台座にも刻まれちょりますが、「天災は忘れられた頃くる」と云う名言で知られちゅう、土佐が生んだ随筆家で物理学者でもある寺田虎彦の像が、日曜市が開かれる追手筋に面したオーテピアの北東隅に建てられちょります。台座正面に刻まれちゅう「ねえ君不思議だと思いませんか」と云う言葉は、寺田寅彦が常々、学生に語りかけていた言葉ながです。日常のありきたりな事柄も「何ぜじゃろー?」と考えた...

シコクバイカオウレン - 2019年今年も牧野公園で咲き始めたそうです

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[ 高知県高岡郡佐川町甲・牧野公園 ]土佐を離れて、とある地球の片隅からの発信じゃけんど、時々、ネットから土佐の情報収集しちょりますが、高知新聞の1月.24日の記事に「佐川町の牧野公園にバイカオウレン開花 例年より早め、2月中旬見頃」と云う記事が掲載されちょりました。佐川町出身の植物学者・牧野富太郎が愛したと云われちょりますバイカオウレンが、牧野公園に眠る牧野富太郎先生の墓の傍に、今年も咲き始めたようです...

船上神社 - 長宗我部元親の一條内政の子・千代丸殺害に関わる霊を祭る

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[ 高知県高知市五台山 ]護国神社のある南側の法師ヶ鼻を東に回ったすんぐの処に、船上神社・久保神社という二つの神社名のある扁額がかかった鳥居があるがです。以前より此処を通る度んびに何じゃろーと思い気にはなっちょた神社ながです。 法師ヶ鼻 - かっては夢窓疎石が選んだ「吸江十景」の一つ泊船岸 2013-10-30 場所的には、ちょうど護国神社社務所の南崖下あたりになるようながです。、 石段を登って行くと、何の変哲も...

二川元助重遠邸跡 - 近所には板垣退助・片岡健吉・後藤象二郎がおった

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[ 高知県高知市本町2丁目 ]写真のセブンイレブンの店舗周辺が、二川元助重遠(阪井重季)の生誕地になるがです。 二川元助重遠 - 戊辰戦争・迅衝隊十番隊長、長女は寺田寅彦の妻 2018-10-29 の記事で御紹介しちょりますので、説明は省略します。 因みに、セブンイレブン側から見て、道路反対側の西約50m程の処の駐車場の一角に片岡健吉生誕地碑、またその西約50m程の処にある高野寺さんが板垣退助の生誕地になるがです。更に、...

竹村東野宅跡付近 - 家老・桐間蔵人に召し抱えられ多くの逸材を輩出

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[ 高知県香南市のいち町東野 ]以前、竹村東野の墓で簡単に説明を記載しちょりますが、改めて。竹村東野墓 - 塾生に中岡慎太郎・大石圓・宮地宜蔵ら・・・ 2010-08-05竹村東野は、文化元年(1804)に香美郡野市村(現・香南市野市町)に生まれ、名は節之進、字は静夫と言い、東野は号ながです。家業は農業の傍ら瓦の製造をしよったと言う。文政9年(1826)、江戸に出て、儒者・岡萬助に師事し、弱冠にして名を成すに至り、名声は高...

石田英吉顕彰碑 - 除幕式で祝辞を述べたのは高松順蔵の甥・高松清節

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[ 高知県安芸郡i安田町・北寺 ]安田町の北寺境内に、写真の石田英吉顕彰碑が建っちょります。 北寺 - 高知県の重要文化財(彫刻)の約1割が此処に安置 2017-09-18坂本龍馬と共に、海援隊で活躍した石田英吉。生まれがこの近くですき、此処に顕彰碑が建てられたがでしょう。石田英吉邸 - 坂本龍馬と亀山社中や海援隊で活躍した海援隊隊士 2014-09-05天誅組に加わり大和挙兵したり、禁門の変で敗れ三条実美らの「七卿落ち」に同...

千松公園の碑 - 土佐十景の一つ

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[ 高知県高知市種崎 ]浦戸湾口を挟んで、桂浜の対岸・種崎地区にあるのが千松公園じゃがですが、その松林の一角に土佐十景・千松公園の碑が建っちょります。 防風林として植えられた松林ながですが、目の前(南側)の種崎浜は海水浴場となっちょります。 昔は海水浴客で大賑わいしちょったよですが、今は当時のような賑わいは感じられません。下の写真は、当方所持の戦前の絵葉書ながです。 土佐十景とは、大正15年2月に現・高...

津野神社 - 津野孫次郎親忠公の遺徳を忍び御祭神として祀る

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[ 高知県須崎市西古市町・須崎八幡宮境内 ]須崎八幡宮の本殿からちょっと東に離れた場所に、この祠はあり、御祭神は津野孫次郎親忠公ながです。なぜ此処に津野神社があるかと言うと、親忠公が埋葬されちょるのは香美市の方じゃけんど、ここ須崎は津野孫次郎親忠公の領地で拠点じゃった事や、祠のある須崎八幡宮は親忠公が修復し鰯振之城(須崎城)の城内鎮護の城八幡の神として祀っちょるからながです。須崎城址 - 三つの峰から...

大石甚吉邸跡 - 堺事件の責めを負わされ4番目に切腹、兄は大石正巳

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[ 高知県高知市五台山 ]慶応4年(1868)2月15日に起きた泉州堺事件で切腹させられた土佐藩士11名は、外交政策にも無知で横暴極まりない幕府が下した理不尽な処罰の犠牲者とも言える。その一人が、大石甚吉さん。大石甚吉 - 堺事件・四番目に切腹 2015.02.06烈士殉難碑 - 堺事件関係者 2011.02.22 土佐のお墓は、以前ご紹介しちょりますが、今回は邸跡を探してみたがです。 『五臺山誌』 に、下記のような記述がある。大石甚...

荒尾幾久弥祐正 - 戊辰戦争鼠ヶ関戦で負傷し帰国も、土佐で亡くなる

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[ 高知県高知市 ]墓碑にゃ、下記のようにある。明治元年會津役起取道於北陸至越後戦中濱中銃治療敷月創未癒同二年五月〇家同年九月廿七日終為落命享年二五今の山形県と新潟県の日本海に近い県境で、北国街道と羽州浜街道の境になる、鼠ヶ関の戦いで負傷したようです。慶応4年8月23日、長岡城が落ちると新政府軍は北上し、8月23日鼠ヶ関で庄内藩との攻防が始まるがです。そして、9月1日新政府軍は鼠ヶ関に総攻撃をかけちょります...

五台山竹林寺金色院聖天堂 - 土佐西国三十三観音霊場第1番

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[ 高知県高知市五台山 ]土佐西国三十三観音霊場の第一番は、四国八十八ヶ所霊場・第三十一番札所になる五台山竹林寺にあるがです。本堂・文殊堂の東脇(向かって右側)から、奥に細い参道が続いちょり、鳥居を潜り参道を奥に進むと、聖天堂があるがです。御本尊は千手観音。千本の手と、その手のひらに目がある観音さんで、手のひらの千個の目を通して人々の苦難を見て救いの手を差し伸べてくれるという、ありがたい観音さんなが...

香宗城址 - 長宗我部元親の弟・親泰が養子に入り名跡を継ぐ  

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[ 高知県香南市野市町土居 ]香宗川右岸、香南市野市町土居の周囲に田畑や宅地が広がる一角にある平城で、当時の遺構と思われるものは殆ど無く、辛うじて石碑と城八幡が鎮座しているので、昔、此処に城があったと気付かされる。写真は、南側から撮影。町指定史跡 香宗城址建久四年(1193)宗我部、深淵両郷の地頭職に補され中原秋家の嗣子としてこの地に下った太郎秋通を初代として400年間栄えた土佐の名族・香宗我部氏居城の跡...

二川元助重遠 - 戊辰戦争・迅衝隊十番隊長、長女は寺田寅彦の妻

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[ 東京都港区南青山・青山霊園 ]二川元助重遠は、弘化3年(1847)高知城下中島町は土佐藩馬廻役300石・二川周五郎の長男に生まれ、維新後に改名し阪井重季と名乗っちょります。幕末、土佐藩兵小隊長となり上京し、乾退助(板垣退助)を助け討幕に奔走し、藩命に反し山田喜久馬(平左衛門)・山地忠七(元治)・吉松速之助(秀枝)等と伏見に土佐藩の小隊を率い倒幕に立ち上がるがです。山田平左衛門 - 土佐での始祖は山田去暦、その...

三谷寺 弘法院 - 土佐西国三十三観音霊場第3番・千手観音菩薩

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[ 高知県高知市三谷 ]高知市街地の北に連なる北山の中腹、標高約250mの処に、古くから三谷の集落があるがですが、その集落の上の方にこの三谷寺はあるがです。以前ご紹介しちょりますが、お寺の参道入口傍にゃ、谷干城の別荘跡地が残る場所ながです。谷干城別荘跡 - 北山の三谷集落で晩年を過ごした別荘跡 2015.12.23 秦泉寺から三谷へは、谷川沿いに山道が続き道沿いにゃ西国三十三観音石像が並んじょりましたが、今は如何なっ...

最御崎寺 - 足利尊氏が南北朝騒乱の戦没者菩提として土佐の安国寺に定める

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[ 高知県室戸市室戸岬町 ]室戸岬の南端の室戸岬灯台近くにある四国八十八箇所霊場・第二十四番札所の最御崎寺(ほつみさきじ)。徳島から始まって、高知県で最初の札所になるのが、此処、最御崎寺ながで、寺の名は「火(ほ)つ岬=火の岬の意」じゃそうです。 最御崎寺が開かれたのは大同2年(807)じゃそうですが、現在の場所に移ったのはそれから約200年後の寛徳年間(1044 - 1055)じゃそうです。今回は、暦応4年(1341)に、...

大津天竺城址 - 城主は土佐守護・細川氏一族、天竺右近花氏

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[ 高知県高知市大津 ]写真は、とさでん交通御免線の清和学園前電停の直ぐ西側にある、大津天竺城址の石碑と登り口ながです。大津天竺城址は、直ぐ北を東西に流れる舟入川の南面の丘陵に築かれちょります。 大津天竺城址足利の世、土佐の守護代細川氏の一族、天竺右近花氏(てんじくうこんはなうじ)が居城したところで天竺城と呼ばれtあ。応仁の乱で細川氏の後だてを失いその姿を史上から没し去るが落城については諸説があり詳か...

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