FC2ブログ

南国土佐へ来てみいや

南国土佐・高知の魅力と見所を歴史や史跡等の観光地を含めて御紹介

久次土居城址 - 久次土居城の守護神・宇佐八幡宮が鎮座

0
[ 高知県香美市土佐山田町久次 ]土佐山田町久次集落にある鎮守の森。此処が、久次土居城址ながです。 現在は、宇佐八幡宮が鎮座しちょります。 宇佐八幡宮の由来中世のころ久次土居城の守護神として豊後の国宇佐八幡宮の分霊を勧請し、城の「東構え」に奉斎した。後に長宗我部氏がこの地を接収し、城は解体されたが、八幡の社は里人によりく久次村の産土の神と祭り継がれ、日吉の神・洲がの神を合祀、社殿も次々と増築され、神威...

寺村成雄 - 妻は板垣退助の姉、娘は山田平左衛門の妻、兄は寺村左膳の養父 

0
[ 高知県高知市筆山 ]土佐寺村氏は、山内一豊が掛川入封時は中老職400石を務め、土佐国入封時に家老格で4,400石を給されちょった寺村重友を初代・土佐寺村氏とするがですが、幕末期の子孫に寺村成雄がおる。維新後にゃ、土佐寺村氏のうちの2家が本姓の藤原北家日野に復姓しちょりますが、本家の寺村成雄は「日野軍馬」を名乗るがです。ただ、経歴等は不明ですけんど、妻にしたがは乾栄六正成の三女で板垣退助の姉になる勝子なが...

安楽寺城址 - 源希義の末裔・久万氏や元親家臣・久武肥後守昌源の城になる

1
[ 高知県⾼知市久万 ]高知城の北北西約1,7km、東久万・中久万・西久万の境にある標高約713mの山が、安楽寺城址ながで、西久万側の中腹や麓にゃ、谷干城や、坂本龍馬の祖母の実家井上家の墓や、土佐藩家老・福岡家の墓があるがです。宮地森城・著の『土佐國古城略史 全』にゃ、下記の様にある。土佐冠者希義の子、吉良八良十代の孫、吉良八郎俊国の二男、次郎高俊土佐国土佐郡久万を領す。高俊五代の孫・久万豊後俊宗の城主となり...

志の龍馬像 - JR土讃線の観光列車運行に合わせ駅名に新愛称と像が建つ

0
[ 高知県⾼知市入明町 ]JR土讃線の高知から窪川間に、「志国土佐 時代の夜明けのものがたり」と言う観光列車が運行されるのに合わせて、入明駅に新たに「志の龍馬駅」と言う愛称が追加され、それを記念して写真の「志の龍馬」なる像が、また一つ建てられました。 像は、高知県の観光キャンペーン「リョウマの休日」のイラストがモチーフになっちょります。台座を含めて⾼さは約3mで、FRP(繊維強化プラスチック)製。 写真を...

天質 - 南村梅軒から受け継いだ朱子学を谷時中に伝えた南学の祖

0
[ 高知県高知市長浜 ]四国八十八箇所霊場第三十三番札・雪蹊寺の西側にある雪蹊寺歴代住職の墓所に、天質の墓があるがです。 雪蹊寺歴代住職の墓 『中央 無縫塔 天質』 宗安寺恕渕、吸江寺忍性と共に南学の三叟と言われました。瀬戸真乗寺の谷時中にその学統を伝え、土佐南学の基となし長浜文学の遺芳を伝えました。元和九癸亥年(1623)十月十七日寂。【 参考・引用 】 説明板より 雪蹊寺 - 四国霊場第三十三番札所 2008-1...

戸板島地蔵 - 天明の大飢饉と大洪水に苦しめられた農民の窮状を救うため

0
[ 高知県香南市野市戸板島 ]物部川に架かる戸板島橋の下流約230mの左岸(香南市側)堤防下の河川敷に、この地蔵堂はあるがです。写真左側の石柱にゃ、下記の様にある。正面・霊験地蔵右面・八王山蓮光院左面・高天原通称・戸板島地蔵と呼ばれちょりますが、八王山蓮光院と言う地蔵堂のようですが、「左面・高天原」の意味は判りませんが。因みに、高知市大津にある「高天ヶ原」と何ぞ関係があるがじゃろーか?・・・・・ 地蔵尊...

森田筆之丞・五右衛門兄弟の墓 - 中濱万次郎(ジョン万次郎)たちと漂流

0
[ 高知県土佐市宇佐町萩谷  ]場所は、土佐市の方から、現在は国史跡指定のお遍路道「土佐遍路道 青龍寺道(塚地坂)」に指定されちょります、塚地峠を超えて萩谷川沿いに宇佐の方に降りて来ると、以前ご紹介しちょります、安政地震津波の碑近くになるがです。安政地震・津波の碑 - 津波の被害を後世に伝える貴重な石碑 2014-07-07 塚地峠 - 35番清瀧寺から36番青龍寺への昔の遍路道 2011-10-28 筆之丞兄弟と万次郎らの漂流宇...

巻の渕 - 幼少期の中岡慎太郎が飛び込んだ断崖と摩崖仏

0
[ 高知県安芸郡北川村  ]県道493号線から慎太郎橋を渡って「中岡慎太郎館」へ行くとわからんけんど、慎太郎館のある山側の村道東岸線から「中岡慎太郎館」に向かうと約450m手前に、この「巻の渕展望所」があるがです。巻の渕展望所慎太郎幼少時の夏、数名の友人と巻の渕へ泳ぎに行った時のこと。底が見えない渕は青々として、そのうえに常に大きな渦が巻いているので人々からその渕には入ってはいけないと言われている場所でした...

富家の七角屋敷 - 足利尊氏より五代を経た一族が流浪し此の地に居を構えていた

0
[ 高知県香南市野市町兎田  ]昭和59年の『野市の史跡』の中に「富家の七角屋敷」という史跡の紹介が載っちょりまして、ちょっと気になって探して見たがです。七角屋敷は、野市町本村の東南端にあって、幅2mの竹林に囲まれ、その内部に屋敷跡と思われる約50アールの土地が七か所に分かれて現存する。竹林の内部は二重堀が造られていたと伝えられ、現在も一部の堀跡が名残をとどめている。足利尊氏より五代を経た氏家の一族が流浪...

大乗山観音寺正壽院 - 土佐西国三十三観音霊場第15番

0
[ 高知県南国市里改田野尻  ]南国市の県道45号線沿いにある南国流通団地の西北、琴平神社(金毘羅神社)の北側の山裾に大乗山観音寺正壽院があるがです。地図では「里の堂」とある。階段を登って行くと鳥居があり扁額にゃ「厄抜聖観音」と「金毘羅大権現」と記名されちょります。御本尊は聖観音で厄除けに御利益があると言う事で、「厄抜聖観音」と呼ばれちょるようです。「金毘羅大権現」とあるのは、琴平神社(金毘羅神社)の...

森田久右衛門 - 山崎平内と共に土佐尾戸焼窯の基礎を築く

0
[ 高知県高知市鴨部 ]森田久右衛門は山崎平内と共に、土佐に招かれた大坂(大阪)の陶工・久野正伯の弟子になり、土佐尾戸焼窯の基礎を築いちょります。元の墓は、三ノ丸山一帯の開発により、能茶山の方に改葬されちょります。山崎平内 - 土佐尾戸焼の租の一人 2011-12-06森田久右衛門は名は光久と言い、寛永18年(1641)に生まれちょります。先祖は近江の佐々木氏じゃそうで、佐々木光頼が天文年間(1532~55)に戦乱を避けて甲賀...

首切り地蔵 - 伝承じゃと山田氏一族・山田監物長秀の墓があった場所とか

0
[ 高知県香美市土佐山田町栄町 ]撮り貯めた写真からのネタです。絶版になっちょった市原麟一郎・著『山田・南国伝説散歩』を手に入れ、見寄ったら記憶にあるお地蔵さんが「首切り地蔵」として掲載されちょり、子細が分かった次第ながです。首切り地蔵(抜粋)ここは談議所城主で、長宗我部国親の軍勢と戦って破れた山田監物の墓のあったところだという。【 参考・引用 】  土佐伝説散歩シリーズ5 『山田・南国伝説散歩』 市...

勝海舟夫妻の墓 - 千束周辺の風光を愛し遺言により此処に眠る

0
[ 東京都大田区南千束 洗足池公園内 ]勝海舟(1823年から1899年)は、官軍のおかれた池上本門寺に赴く途中、洗足池畔に憩い、風景にうたれ、その縁でここに別荘を構えました。後に海舟の遺言で、屋敷裏の台地に葬られたと伝えられます。妻である民子の墓は、後に青山墓地から移設されました ...【 参考・引用 】  大田区ホームページ:勝海舟夫妻の墓 大田区文化財 勝海舟夫妻の墓勝海舟、諱は義邦、初め麟太郎、後に安房...

一夜建立の岩屋 - 四国八十八ヶ所第24番札所・最御崎寺奥の院

0
[ 高知県室戸市室戸岬町 ]現在は、室戸スカイラインを登って行ったら、第24番札所・ 最御崎寺に行けますけんど、本来は、徳島の方から来て、此処から遍路道を登って行くと仁王門に辿り付くがです。一夜建立の岩屋は、その遍路道の登り口傍にあるがです。 一夜建立の岩屋空海(弘法大師)が一夜で建立したと伝えられる岩屋で、現在、最御崎寺の奥の院。寺伝では、空海が唐からお持ち帰りになった石像が安置されていた場所。明治初...

国澤将監神社 - はりまや橋の近くにあったとされる国澤城城主・國澤将監か

0
[ 高知県土佐市宇佐町井ノ尻 ]この国澤将監神社は、宇佐の宇佐大橋を渡った井尻大師堂の直ぐ左脇に鎮座しちょります。 以前ご紹介しちょります、高知市内のはりまや橋の近くにあったとされる国澤城城主が國澤将監。 国澤城跡 - 城主・国澤将監は元は本山氏の配下の将 2014-07-21 土佐の戦国時代にゃ、国沢将監能明は本山氏の配下じゃったけんど、永禄3年(1560)の長浜戸の本の戦い以降本山茂辰の大敗が続き本山氏が本山に撤退...

酒井豊吉 - 野中兼山弾効に組し、失脚させた一人

0
[ 高知県高知市筆山 ]山内豊吉とも言うが、本名は酒井、山内は賜った姓ながです。慶長15年(1610)、酒井吉佐の子に生まれ、寛永9年(1632)父の跡を継ぎ中老分となり、寛永12年(1635)に野中直継(野中兼山の義父)の仲人で、佐川・深尾重昌の娘・亀を妻としちょります。慶安2年(1649)の兵制改革にあたり、家老職に引き上げられる。寛文3年(1663)、義父・佐川深尾重昌とその子・重照との連盟による野中兼山の弾効文を土佐藩第3代藩主...

高知城百景 - 第57景 磐上神社(薫的大和尚之墓所)から見た高知城

0
[ 高知県高知市三ノ丸 ]薫的和尚が最初に埋葬されたと言う、三ノ丸山の北側にある磐上神社(薫的大和尚之墓所)から見た高知城ながです。標高は約22m、此処から高知城天守閣までは直線距離で約1.3Kmです。磐上神社 - 薫的和尚が最初に埋葬された地 2015-09-14 薫的神社 - 薫的和尚 2010-05-20...

八幡観音堂 - 土佐西国三十三観音霊場の番外寺

0
[ 高知県南国市岡豊町  ]此処は、案内表示もないき、ちょっと判りにくいけんど、旧国道32号線沿いにある岡豊郵便局の北側の山の中にあるがです。登って行くと、途中に猿田彦神社があり、その上に、お堂が建っちょります。お堂は、棟続きに左右二つあり、向かって右が聖観音堂、左がになっちょり、番外・聖観音菩薩が祀られちょる「八幡観音堂」は右側のお堂の様です。因みに、左の馬頭観音堂の馬頭観音菩薩は不心得者に盗まれて...

神明宮 - 伊勢神宮の遥拝殿として寛永八年(1631)加藤六兵衛が勧請

0
[ 高知県高知市はりまや町3丁目  ]この神明宮さんは、高知八幡宮の直ぐ東隣に鎮座しちょります。高知八幡宮 - 元は高知城の城八幡 2011-08-15 神明宮は、神明社・神明宮・皇大神社・天祖神社等の呼び名があり、天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)を主祭神とする伊勢神宮内宮(三重県伊勢市)を総本社とする神社ながです。 因みに、一般に伊勢神宮と言うけんど、正式名称は地名も冠しない「神宮」ながでして、天照坐皇大御神...

黒岩城址 - 戦国時代、高吾北地方最大の城下町が形成されちょった

0
[ 高知県高岡郡四万十町本町  ]仁淀川の支流・柳瀬川が流れる黒岩地区の、柳瀬川の北岸の行司ヶ岳の南麓の階段段丘に位置しちょります。現在は城山公園になっちょり、写真に写る石垣の一部に、当時の石塁が残っちょるそうです。築城時期は不明じゃけんど、宮地森城の『土佐国古城略史 全』にゃ、「『土佐州郡史』曰く、片岡上総介所築」とある。室町時代に土佐に下向したと伝えられちょる片岡上総介直綱の事かと・・・・・。因...

恵良沼古戦場跡 - 津野少輔元實ら一族・雑兵多数討死し沼の藻屑と消える

0
[ 高知県土佐市岩戸 ]此処も、探した切っ掛けは、土佐の郷土史家・寺石正路先生の『土佐史跡巡遊』を読んで、大正15年以前まで存在しちょったなら、もしや、今でもあるろーと思い探して見たがです。第二十 高郡南部史跡 其五 恵良沼・・・・・かくて再び城山の西北麓に出で棒奔叢生の中に當日(当日)の戦ひに陣死せし敵将津野元實を吊祭せりといへる一小祠を見たが木太刀など若干供えへてあった元實恵良沼の戦死は實に(じつ...

高知城・北曲輪跡周辺 - お城の北側で乳牛が飼われちょった

0
[ 高知県高知市丸ノ内  ]写真は高知城の北側にある高知城・北曲輪跡でして、東の方角にある高知県警察本部方向を撮影した写真ながです。此処、高知城北曲輪は、藩政期にゃ作事場・米蔵・武器庫等があった場所ながでして、平成21年に整備され国指定史跡・高知城に追加指定されちょります。 今回のお話は、此の北曲輪跡の話じゃのうて、「高知の酪農乳業の歴史は、此の周辺から始まった」と言うたら、信じられんろー。始まりは、偶...

今一度選択いたし候 市町村別記事 高知市 市町村別記事 東部 市町村別記事 中央部 市町村別記事 西部
・ 維新の礎 ・ 高知市 2008 ・ 安芸市 ・ いの町 ・ 大月町(記事無)
・ 歴史・史跡・その他  ・ 高知市 2009 ・ 馬路村(記事無) ・ 大川村(記事無) ・ 黒潮町(記事無)
・ 高知市 2010 ・ 北川村 ・ 大豊町(記事無) ・ 四万十市
・ blog 閲覧記事ベスト50 ・ 高知市 2011 ・ 芸西村 ・ 越知町 ・ 四万十町
・ 写真が掲載されました ・ 高知市 2012 ・ 田野町 ・ 香美市 ・ 宿毛市(記事無)
・ 高知市 2013 ・ 東洋町(記事無) ・ 香南市 ・ 津野町
・ 高知市 2014 ・ 奈半利町 ・ 佐川町 ・ 土佐清水市(記事無)
・ 高知市 2015 ・ 室戸市 ・ 須崎市 ・ 中土佐町
・ 高知市 2016 ・ 安田町 ・ 土佐市 ・ 三原村(記事無)
・ 高知市 2017 ・ 土佐町(記事無) ・ 梼原町
・ 高知市 2018  ・ 南国市
・ 高知市 2019  ・ 仁淀川町
; ・ 日高村
・ 本山町(記事無)